テレビに独り言

私にとってテレビとは――
遠くにある「今」を伝えるもの
それは空間的な距離だけではなく、イマジネーションの遠く…


30年以上に亘って生きてきたテレビの世界。
今その世界に別れを告げ、客観的に視ることができるようになった。
これから先、テレビはどこに行くのだろう。どうなってゆくのだろう。
そんな意識を持ちながら、テレビの今を見つめます。
ちょうど親たちの老後を心配していた時のように。

2011年2月19日土曜日

番組をだいなしにするクローズアップ


BSフジに「『ゲティスバーグ』〜或は、362秒で心に刻まれる最高のスピーチ〜」という番組がある。
斬新な企画の番組を集めた「TV☆Lab」シリーズの一つだ。

毎回ユニークなキャリアの持ち主が362秒(本当にその時間かどうか分からないけど)のスピーチをする。
言ってしまえばそれだけの番組なのだが、番組サイトで語られている通り「スリリングで心を震わせる」スピーチはチャンネルを移動させない魅力がある。

リンカーンの「ゲティスバーグ・アドレス」から採ったというタイトルはいかにも構成の小山薫堂らしい。
スピーチを披露するというだけなのに、演説者のキャリアが創造した言葉は視る者の心の琴線を刺激する。
そうした独創的な企画に彼らしさが感じられる。

ただ、この番組の画作りには大いに疑問を感じる。
「表現には正誤はない。しかし巧拙はある。」と私は考えている。
そうした面から見てこの番組の表現は稚拙だ。
演説の最中、演説者のクローズアップに終始するのだ。
全ての演説者に対してそうしているので、これは演出意図なのだろう。
演説者が自分のスピーチに合わせた「物」を持ってきても、車椅子のアスリートでも全て顔のクローズアップではその人の意味がない。

この番組ではスピーチはドラマのように台詞が決まったものではないようだ。
だからカット割が成立しない世界だ。
そんな状態では「アップの和田勉」だって、映像として成立させることはできない。
カメラマンの技術も未熟だし、アップを撮るだけの美術や照明、被写界深度などの計算すらされていない。

引き画だと話が遠くなると危惧するなら、それこそ自らの技量を反省するべきだ。
アップばかりだから本当にアップで視たいところが生きない。
演出の一丁目一番地をもっと真摯に受け止めるべきだろう。

フジテレビはアップが多すぎる。
バラエティーなどでは特にそれがおもしろさを伝えられない弊害となっている。
CXのスイッチャーは画作りを知らない、と今までは思っていたが、あながちそうではないようだ。
萩本欽一さんの「笑いは二人の間にある」という言葉と共に、自分の撮った映像を再検証することを願う。
それほどこの番組はおもしろいはずだからだ。

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