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2月, 2010の投稿を表示しています

ちょっとガッカリ紅蓮次郎

ANBの土曜ワイド劇場で「 火炎調査官・紅蓮次郎スペシャル 」が放送された。 サスペンスの帝王船越英一郎が主演するシリーズの第10弾だ。 火災調査官が火事に隠された殺人事件を、その焼け跡に残された痕跡から解決する。 「科捜研の女」と同様、科学的な分析と検証から導き出される殺しのトリック。 それを見破る実験が、予想を裏切る犯人を導き出す。 ストーリーとはあまり関係のない紅蓮次郎の生活環境の描き方も、元夢の遊民社の山下容莉枝さんが達者な演技で手を抜いていない。 というわけで、船越英一郎さんの演技の臭さに目をつぶって楽しみにしていた。 ところが、2月13日の回はそうした私の思いを見事に裏切ってくれた。 この回は消火の最前線に立つ筒先が志望の西島桜という女性が出てくる。 もちろん、彼女のそうした思い入れの背景には理由がある。 だが、まったく火災調査にやる気を見せないこの女性像の描き方が、なんとも稚拙。 目指す筒先をになるために焦る姿も目を覆いたくなるほど。 中でも桜が元の部署の上司から「女を捨てろ」といわれたのを思い出し、男の隊員が入っているシャワーに入ってゆくなんて…トホホ。 視ていて恥ずかしくなるほどどうしようもない台詞と演技だった。 これがメインの殺人事件とは直接関係のないサイドストーリーだから、邪魔以外の何者でもない。 こんなものがあるため、ストーリーに集中できなかった。 それ以外の部分はいつもの通りのできばえだっただけに、もったいないとしか思えなかった。 シリーズを重ねると、どうしても作り手の側がマンネリ感を持ってしまう。 そこでテーマを引き立たせるためにいろいろと試みることはある。 今回の場合、「灰の中に真実がある」という火災調査官の仕事を際立たせるための選択だったのだろう。 それが上手く描き出せなかったという結果に終わったということだ。 このドラマのファンとしては、もっと作品のおもしろさの原点である科学的立証というところに力を注いで欲しかった。 前回の作品は、そうした面から見て良いできだった。 中澤裕子さんはもっと上手い役者だという感じがしたが、床嶋佳子さん、渡辺典子さんは見ごたえのある演技を見せてくれた。 それだけに余計残念な思いが強くなる。 次回はマニアも納得させる内容で楽しませてくれることを祈り...

オリンピックが始まった!

2月13日バンクーバー冬季オリンピックが始まった。 開催前からスノーボードの国母選手の身だしなみが問題になった。 一般の人が問題視し、それにマスコミが乗って火に油を注いだということのようだ。 開会式前にして記者会見で謝罪会見。 スキー連盟は出場辞退まで橋本聖子団長に具申したという。 団長の裁決で出場を決めたというのを知りほっとした。 ただ、開会式には参加していなかったのか、画面を注目したが姿を確認できなかった。 競技に集中したい時にバカな雑音に翻弄された国母選手がかわいそうだと思う。 メダルも期待される逸材の成績に影響がでないことを祈りたい。 だらしがないとクレームをつけた人の行為には呆れる。 人の個性を中傷する愚かな行為だと思う。 だが、彼のファッションをだらしないと見るか、個性と見るかは個人の勝手だ。 それを主張する権利は全ての人が持っている。 それよりも、そんな声に乗っかるマスコミに危機感を感じている。 それは、有能な若いアスリートの活躍の場を奪いかねない状況を作ったというだけではすまない。 マスコミが「大衆の声を代弁する」という看板を掲げた時、もっと大きな問題を生み出す可能性を孕む。 それは社会や国家を動かす力として機能してゆく。 私たちは過去にそうした歴史を見てきている。 もし、そこに一つの作為があったとしたら…。 そんなことも考えず、大問題のように取り上げるマスコミに警報を鳴らさずにはいられない。 それはさておき、私が気になっているのはスポーツマンたちの発する言葉だ。 例えば、野球のお立ち台で、「これからも応援よろしくお願いします」なんていう発言がある。 正しくは「これからも応援してください。よろしくお願いします。」だろう。 今回のオリンピックの出場選手たちの発言で目立つ言葉遣いがある。 「頑張りたいなーと思います」。 この「なー」が妙に引っかかる。 妙に軽く感じてしまうのは私だけだろうか。 今は、アナウンサーまでこの語法を使う。 「なー」は私たちオヤジの用法としては、例えば独り言のときに使う言葉だ。 「もう会社辞めたいなー」のように使う。 「頑張りたいと思います」の方がストレートに語る人の意思が伝わると思うし「頑張ります!」といってくれた方が、より強く意志が感じられる。 まあ、...

時代劇の魅力を再確認

2月6日CXで「 剣客商売スペシャル~道場破り~ 」が放送された。 「剣客商売」はこれまで1時間わくだったが、今回はその2時間スペシャル。 池波正太郎の原作に金子成人が脚本を担当。 池波作品の持ち味である江戸の町の情緒や人情を見事に描きこんでいた。 切なくも心温まる親子愛がストーリーの柱で、金子脚本は登場人物の心の襞までしっかり描きこんでいた。 とても見ごたえのある作品だった。 番組サイトでは『痛快娯楽時代劇シリーズ待望の新作登場!』と謳っている。 しかし今回の作品には『痛快娯楽』という表現は当たらない。 もちろん立ち回りもあるし、勧善懲悪の物語なのだが、だからといって普通のチャンバラと一緒には括れない。 今回は中村梅雀がゲストで、剣一筋に生きた男、鷲巣見平助を演じていた。 平助は、愛する家族を捨てて剣客として全国を行脚した挙句江戸に戻ってくる。 しかし、愛妻は既にこの世にはなく、残された娘は病に冒された大工と貧しい生活に追われている。 そこに悪徳医者や薬問屋などがからんでくる。 『水戸黄門』なら風車の弥七が窮状を助けて助さん格さんの出番となり、 『必殺シリーズ』ならこの夫婦は殺されて、恨みを晴らすことを仕置き人に託す、 となるのだが、この作品ではあっさり町方の役人が踏み込んで悪人を御用にしてしまう。 悲劇はもっと別のところに用意されていたのだ。 中村梅雀さんはその容姿から滲み出すあたたかさをベースに、子を思う優しさと、剣に一途な無邪気ささえも見事に表現していた。 道場破りの立ち回りでは剣豪としての厳しい表情も見せていた。 主演の藤田まことさんはさすがに御年のせいか、立ち回りは最後のシーンだけだったが、老域に入った剣の達人の風格を見事に醸し出していた。 鷲巣見平助の身の上話を聞くシーンでは画面全体から緊張感さえも漂ってきた。 地味なシーンだが見ごたえがあった。 藤田まことさんの息子を演じる山口馬木也さんも剣客としての立ち居振る舞いが板についていた。 それ以上に、息子の妻を演じた寺島しのぶさんの演技が出色だった。 鷲巣見平助との立会いに臨む夫を送り出すシーンでは、背中越しのカットに短いせりふなのだが、剣客を支える妻の気丈振りがその背中からにじみ出ていた。 今こうした賢妻を演じさせたら右に出る人はいないのでは...

時代遅れの刑事ドラマ

今は昔。 TBSに「ザ・ガードマン」というドラマがあった。 一般社会で警備会社がスタートした頃のことだ。 警察官と見まごうアクションで、毎週次々と犯人を捕まえていた。 そのボス役が宇津井健さんだ。 陣頭に立って指揮に当たり、凶悪犯人に立ち向かっていた。 まだ幼い頃の番組だったので細かいストーリーまでは覚えていない。 けれど、登場人物がスタイリッシュで(1名を除く)、痛快アクションが売りの娯楽番組だったという記憶がある。 人情味はあるけれど、それが売り物ではない。 もちろん、犯人や被害者の裏にある人間ドラマや、密室殺人の謎解きといった楽しみとは別のジャンルのものだった。 ただ、警備会社という新しい業種と、そこで働く警察官とは違ったスマートなガードマンによって「時代」を切り取っていた。 そしてこの後、「キーハンター」や「Gメン75」へと進化してゆく。 そんな大昔の番組を思い出させる番組がある。 TBSの「 ハンチョウ~神南署安積班~シリーズ2 」だ。 主人公の安積班長(佐々木蔵之介)はまさに宇津井健さんのリーダーと同様、陣頭指揮を執りながら事件を解決する。 ただ、内容はとても褒められた出来ではない。 いまどき使い古された設定。 ステレオタイプ化され、見飽きた登場人物。 そのキャラクターに新鮮味はない。 神南署ということで渋谷を管轄する所轄の警察署が舞台だ。 だが、若者の街という側面も、大都会という舞台で勃発した事件というような関連性はない。 舞台が渋谷である意味はまったく感じられない。 クサイ台詞と、まるでご都合主義のように次々と事実が割り出され、犯人像が明るみになってゆくストーリー展開。 出演者たちの演技も低レベルだ。 番組サイトでは『感動できるヒューマンドラマ』や『より刑事ドラマらしさ』、『幅広い層が楽しめるドラマ』といった言葉が並ぶ。 だが、そうしたねらいが生かされているとは思えない。 どこをとってもなぜこんな番組がゴールデンタイムに放送されるか理解できない。 これがシリーズ2作目ということだから恐れ入る。 すべてがどうしようもなくパターン化するのなら、せめて主人公たちだけでももっとスタイリッシュで格好良く描いて欲しい。 そこで思い出したのが「ザ・ガードマン」の宇津井健さんだったわけだ。 月曜夜8時のパナソニック ドラマシアターということで「水戸黄門」の交替枠だか...