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真の日本女性は物悲しさが似合う

ワイドショーのコメンテイターとして評価を下げていた市川森一氏が、やはり脚本家としては巨匠だと納得させる作品を書いた。 NHKの土曜ドラマスペシャル「 蝶々さん~最後の武士の娘~ 」がそれだ。 オペラ「蝶々夫人」を題材にした自らの原作を、しっとりとしたドラマに仕上げた。 日本女性の真の美しさを、明治という時代の長崎を舞台に、物悲しく、ロマンティックに描き出した。 この作品のキーワードは『葉隠』という、日本伝統の武士道の根幹となった哲学だ。 宮﨑あおいが演ずる主人公の伊東蝶(蝶々さん)は、祖母から教え込まれたこの精神をよりどころとして生きている。 フランクリンを愛するようになったのも、最後に自害したことも『葉隠』に従ったとして必然性を持たせている。 そして何より、『葉隠』に従いながら、アメリカに憧れる蝶に、古い伝統と国際化という波が鬩ぎ合う明治20年代半ばの時代を象徴させている。 さすがだ。 宮﨑あおいは、しっかりと安定した表現でこの難しい役を演じきっていた。 若いが、演技派として高い評価を得ているだけの充実感があった。 特に、ふと垣間見せる艶やかな表情は、「篤姫」からの成長を感じさせるものだった。 この作品が「篤姫」から続く宮﨑あおいの続編、あるいは一つの集大成の作品という見方もあるかもしれない。 時代に翻弄される女性を演じるという点では「篤姫」と共通する。 しかし、それはNHKの広報戦略に乗せられている様で少し悔しい。 また、田渕久美子の大河ドラマ「 江 」と同列に扱われるのはもっと口惜しい。 田渕脚本は、あからさまな二番煎じのドラマで私たちを幻滅させた。 演出陣は上野樹里という稀有な才能を引き出すどころか、見殺しにした。 そうした駄作とこの作品は決定的に異なる、質的に対極にある秀作だ。 演出も激しい感情表現を避け、しっかりと蝶の心象を描くことに専心していた。 アップの多用は多少気になったものの、煩わしいものではなかった。 セットやCGとの合成など物理的な制約と、作品のテーマを考えれば納得できる範囲。 バックに流れる音楽にも好感が持てた。 作品全体に『葉隠』の精神が流れていることが伝わってきた。 この作品を視て、早坂暁脚本、深町幸男演出、吉永小百合主演の『夢千代日記』がオーバーラップした。 作品の底辺に...

ドーショモナイ周年記念ドラマ

横浜ベイスターズの身売りが一段落したようだ。 落ち目のプロ野球の、弱小球団の買収劇は、相変わらずファンを無視したまま最終章に向かうらしい。 それにつけても、ベイスターズのオーナーだったTBSの無策ぶりはひどいものだった。 試合を放送するのことさえせず、見殺し状態で引き取り先を探すことに専念していた。 そう感じた人も少なくないだろう。 親会社のいい加減さは本業のテレビの番組にも影響しているのだろうか。 TBSの開局60周年を記念した「 南極大陸 」は見ているほうが恥ずかしくなる程のレベルの低さだ。 こんな前時代的で、陳腐なドラマで民放の大河ドラマと謳っている神経が疑われる。 木村拓哉を主演に、名だたる俳優陣が名を連ねていることだけで大作と考えているのだろうか。 朝日新聞の視聴室では「既視感」という言葉を使っていた。 次々と押し寄せるトラブル。 それらを人々の結束で奇跡的に乗り越えてゆく。 だが、その描き方は「サインはV」や「アテンションプリーズ」並みのものだ。 番組の公式サイトでは 日本復活の扉を開くため、そして愛する人の想いを胸に南極大陸に命がけで挑んだ一人の若き学者と、 彼と運命を共にした仲間と樺太犬との愛と絆のドラマ 「 南極大陸 」。 私達の誇る “日本” を作り、生き抜いた男たち、そして女たちの生き様を、是非見届けてほしい。 と主張する。 そのコンセプトはスタートから一度も胸に迫ってこない。 これまで各局が世に送り出した周年記念番組の中で、最もガッカリさせられた番組として記憶に残りそうだ。

ハイビジョンが強制する映像表現

明らかに新聞紙をまるめて詰めこんだボストンバッグ。 名匠黒澤明は助監督が用意したこのバッグを見て激怒したという。 彼は、脚本に書かれた旅の支度をバッグに収めていないことに憤った。 宿泊日数分の荷物がつめこまれたバッグには、当然その重さがある。 それがもたらす役者の演技の可能性の芽を、制作者が摘むことを戒めたのだ。 「雲を動かせ」ということに比べればけっして無理難題ではない。 今のドラマでは当たり前のように女性が軽々とスーツケースを運ぶ。 女優が引くスーツケースのキャスターの音が、中が空であることを宣言する。 名匠はそうした演技になることを嫌った。 リアリティー表現の原点として私がずっと心に留めていたエピソードだ。 NHKプレミアムで「 BS時代劇塚原卜伝" 」が始まった。 戦国時代を生きた日本を代表する剣豪の若き日の武者修行を描く。 NHKは過去に「柳生十兵衛」や「陽炎の辻」など時代劇に新しい波を作った。 劇画的な表現でチャンバラを描いたのだ。 中間的なサイズを排除して、アップとロングの切り替えしで見せた。 殺陣も従来のスタイルを捨て、力強さや、剣を振るうというそのことを際立たせて迫力を出していた。 今回の塚原卜伝の立会いもその流れの作品といってよいだろう。 堺雅人演ずる卜伝が、相手と対峙しているときの構えの緊迫感。 剣を振るうスピード感。 いずれも及第点だ。 牛若丸か忍者かと思わせるような、宙を飛んで相手を斬るという殺陣も、劇画的表現というスタンスに立てば、お笑いという域にはなっていない。 しかし、どうしても気になって仕方がない部分がある。 それは刀だ。 時代劇で使われる刀は当然本物ではなく、ジュラルミン製だ。 デジタルハイビジョンではそれを明確に映し出してしまう。 日本刀にあるはずの波形の刃紋はないのも、切先の鋭さもないことを暴露してしまう。 だから全く斬れそうではない。 そうした弱点を持ちながら、頻繁にアップが切り返され、そのたびにジュラルミンの鈍い光が画面で無用の存在感を主張する。 ましてウルトラ・ハイスピードカメラまで使用してアップを撮るという暴挙。 鼻先を通過する白刃が、葱さえ切れそうではないことを明確に自白する。 水戸黄門に代表されるようなチャンバラとは一線を画す時代劇とし...

心地よい緊迫感の俊足ドラマ

CXの「 絶対零度~特殊犯罪潜入捜査~ 」が面白い。 昨年の「 絶対零度~未解決事件特命捜査~ 」のSeason2だ。 前シリーズは若くてドジな刑事桜木泉(上戸彩)の成長日記のようなストーリーだった。 ある意味上戸彩の魅力がメインになった、ありきたりなドラマだった。 ところが、リニューアルされ、任務も変わって番組自体の空気も一変した。 今シリーズは一言でいえばスパイ映画。 変装、潜入、嘘、盗聴などあらゆる手段で容疑者に接近し、情報を集め、事件解決につなげる。 そんな中で、主人公泉の葛藤が横軸に流れる。 番組全体を緊迫感が包み、駆け足で進むようなテンポはあるとき視聴者を置き去りにしてゆくようだ。 何より、尾行シーンの演出が秀逸だ。 昔、「太陽に吠えろ」では捜査員たちがチームワークで次々とリレーしながら犯人を尾行した。 それと匹敵するような緊張した尾行を随所に見せてくれる。 「24 -TWENTY FOUR-」以来流行している映像処理も上手く取り入れ、緊張感を作り出している。 ただ欲をいえば、スタッフが乗り込む偽装トラックの装備がちょっとチャチ。 「エネミー・オブ・アメリカ」程ではなくとも、ハイテク感は出して欲しい。 それと他の刑事ドラマにあるような説明的な部分がまったくないために、ちょっと目を離すと展開が見えなくなる。 ここに何か工夫があっても良いと感じた。 出演者の顔ぶれを見れば、テレビ朝日の「 ジウ~警視庁特殊犯捜査係~ 」にも期待したい。 黒木メイサと多部未華子という、これからのドラマ界で重要な意味を持つであろう二人の競演には興味を惹かれる。 初回を見る限り、期待を裏切られることはなさそうだ。 来週以降を楽しみにしたい。 しかし、「特殊犯罪捜査対策室」といい、「特殊犯捜査係(SIT)」といい、特殊な世界で活躍する刑事ドラマが主流になってきた。 それを否定する気はないが、できることなら王道の捜査一課が活躍するストーリーというのも見たい。 秋の編成に期待しよう。

オヤジが泣けるドラマ

6月26日、TBSの「 Jin―仁― 」が終わった。 最終回は26%の視聴率を記録したという。 最近のドラマでは驚異的な数字だ。 この視聴率の原動力となったのは、オヤジ層の支持だろう。 実際私が視るようになったきっかけは、知らぬ間に涙があふれたからだ。 涙を誘うといっても悲劇が繰り返されるわけではない。 村上もとかのマンガを原作にしたこのドラマは、現代の脳外科医・南方仁が幕末にタイムスリップして直面する出来事を描いた。 過去の人々の運命を変え、歴史を書き換える可能性に葛藤しながらも、近代医療を応用して人々を救う。 その過程で勝海舟や坂本龍馬、西郷隆盛など歴史上の人物と深くかかわって行く。 そのストーリーの荒唐無稽さと、随所に鏤められた、昔の大映テレビ室のドラマのような臭い台詞がオヤジの涙を誘った。 また、ドラマの中で繰り返される「神は乗り越えられる試練しか与えない」という台詞に、現実をオーバーラップさせたのかもしれない。 番組が狙った、「生きる」という意味の本質、懸命に生きる事の大切さ、人が人を想う気持ちの美しさ、そして人の笑顔の輝きが、素直に視聴者に伝わった証しといえるだろう。 ところで、私がこのドラマにひきつけられたのはもう一つ理由がある。 それは橘咲を演じた綾瀬はるかの魅力だ。 日本の美人女優を語る上で「お姫様女優」というくくりがあった。 東映の時代劇が全盛期だった頃のことだ。 佐久間良子、三田佳子などを輩出した。 ただ美しいというだけでなく、町娘にはない気品と芯の強さを漂わせていることが必須条件だった。 時代劇が衰退し、最後のお姫様女優といわれた藤純子(富司純子)が緋牡丹お竜となって、この譜系は途絶えていた。 その後大奥物などの映画もあったが、「お姫様女優」といえるほど存在感を示した人はいなかった。 「Jin―仁―」の中で、綾瀬はるかはその復活を感じさせてくれた。 「天然」ともいわれる本人のキャラクターもあるのだろうが、おっとりした面としっかり者の面を併せ持った武家の娘を見事に演じていた。 その魅力は中谷美紀や、麻生祐未など卓越した演技力を持った女優たちの中でも煌いていた。 今は時代劇が制作されることは難しいが、もっと彼女のお姫様姿を見たいと感じた。 とはいえ、このドラマも完結。 これからも、オヤジが家族に...

スタッフの地団駄が聞こえるようだ

映画「アマルフィ 女神の報酬」の続編、「 外交官 黒田康作 」が終わった。 全体的にとても高いレベルにあった作品だと思う。 終わってから整理してみると、さほど斬新なストーリーというわけではない。 しかし、数々の事件の勃発。 秘密めいて絡み合う登場人物。 巧みに緩急をつけた脚本。 緊迫感を描き出していた映像。 そして解き明かされてゆく問題の核心。 これらがうまく構成されて謎解きのおもしろさと、ストーリーの奥深さを作り出していた。 何より、CXにありがちなカット割ではなく、安定した画作りだったのが質の高いドラマに仕立てるのに効果的だった。 出演者たちも概ね好演。 ある意味、日本のジェームスボンドとして織田裕二はその演技力に磨きをかけ、新たな境地を創出していた。 「踊る大捜査線」の熱血漢とは異なり、実年齢43歳という年輪を重ねた男の魅力を発散していた。 ひょっとすると大減量したのではないか。 そう思わせるほど深い陰影を刻んだ表情。 そこからは、この役にかける彼の意気込みが伝わってきた。 黒田とコンビを組む大垣利香子を演じた柴咲コウも好感が持てた。 キツい感じの顔をカバーするダサ目のめがね。 いつも腕にかけている、とても活動的とは思えない大きなバッグ。 ドジで、相手に翻弄される刑事役は「ガリレオ」の内海薫に通じる。 個人的には、萩原聖人が陰のある誠実さを表現していたことを高く評価したい。 ところが、この作品にもアキレス腱があった。 外務副大臣を演じた草刈民代だ。 素人顔負けの平板な台詞まわしや浮ついた視線は、とても日本アカデミー賞を受賞したとは思えない。 代議士なら当然持っているであろう思惑や、野心、策謀といったものが、かけらほども伝わってこない。 例えば、先週「 相棒 Season9 」の最終回で、暗躍する女性代議士片山雛子を木村佳乃が演じていた。 彼女はその美貌を武器に、策謀をめぐらす「したたかさ」を醸し出していた。 その何分の一かでも、草刈に出して欲しかった。 最終回の演説のシーンではもう目を覆うばかりの表現力の拙さだった。 プロデューサーも監督も彼女の演技に唖然としたに違いない。 重要で、そして難しい役なだけに、もっと安心して任せられる女優を選ぶべきだったと後悔したかもしれない。 大山も...

もう一度視たい「遺恨あり」

ノンフィクション作家の沢木耕太郎に「テロルの決算」という本がある。 1960年日比谷公会堂で演説中に刺殺された浅沼稲次郎と、犯人である右翼少年山口ニ矢を描いた。 ルポライターの眼で、二人の人生をギリギリまでドキュメントした秀作だ。 2月26日のテレビ朝日「 遺恨あり 」を視た。 日本で記録に残る最後の仇討ちを果たした臼井六郎の実話を基に描いたドラマだ。 この作品を視ながら「テロルの決算」と通じるものを感じた。 それは刺殺やテロという題材にではない。 ストイックに仇討ちに突き進む臼井六郎の描き方。 明治維新と安保闘争いう、価値観が激動した時代に押し流される一人の人間。 そして、対象と正面から向かい合い、事実を伝えながらその信条まで描き出したクリエイターの眼。 源孝志演出はドラマというジャンルでありながら、それをドキュメンタリーのように坦々と映像化していた。 「テロルの決算」も「遺恨あり」も従来のジャンル分けを意味のないものにする力を持っていたのだ。 主演の藤原竜也は仇討ちを決意した青年を好演。 抑揚を押し殺した中にもギラギラと光る眼光の鋭さを湛えた演技は、六郎の信念を見事に表現していた。 やっぱり秀逸な演技者だと納得させられた。 判事を演じた吉岡秀隆も、仇討をいかに裁くべきかと葛藤する姿を的確に伝える演技だった。 ここ数年、彼の持ち味に反する演技でスランプを感じさせたが、今回の作品は期待を裏切らなかった。 この作品の対極にあるのがNHKのBShiの「プレミアム8」の『トライ・エイジ~三世代の挑戦~』だ。 「三代続けて業績を挙げ、日本近代史に足跡を残した家族の人生をたどるドキュメンタリードラマ」だと謳う。 その第一回「島家三代の物語」を視たが、ドキュメンタリーとドラマが分離して主張すべきところを殺しあっていた。 なんとも中途半端で、一人の役者が3代を演じるというのも、企画倒れ。 緒形直人の演技も作品になってみると、そのことの意味が伝わってこなかった。 「遺恨あり」は、改めてドラマだドキュメンタリーだというジャンル分けに意味がないことだと実証している。 従来のジャンルにこだわらないという主張の中で生まれた≪ドキュメンタリードラマ≫。 だが、こだわらないと主張するほど、実はこだわっているのだということを忘れている。...

2匹目の泥鰌がいた!

NHKの大河ドラマ「 江~姫たちの戦国~ 」が順調なスタートを切ったようだ。 あの「篤姫」を作った田渕久美子の脚本、音楽は吉俣良、チーフプロデューサーに屋敷陽太郎という布陣だからNHKの目論見どおりということなのだろう。 それにつけてもこれほどまで「篤姫」と同じというのもどうなのだろう??? 主人公は宮﨑あおいと上野樹里という若い将来性豊かな女優。 オープニング・テーマ曲もそっくり。 今聞いたらどちらのテーマ曲か分からないのは私だけではないだろう。 タイトルの映像も似たようなコンセプトに感じられる。 本来なら物心ついたかどうかの少女が天下国家に疑問を持つというストーリーも同じ。 それを主演女優がもう演じているというのも同じだ。 これから展開するであろう流れもなんとなく推察される。 演出面で気になって仕方がないことがある。 第3回で江は築山殿事件で信長と直接対峙する。 でも、歴史に則ればこのとき江はまだ6歳。 茶々、初の姉達も10歳と9歳だ。 江が信長に手紙を出す件では、その文字のきれいだったこと! とても6歳の子供が書く文字ではなかった!! それ以上に大人が幼少の子供を演じるということは、本来あるべき意味を曲げる。 作り手は本当にそれでよいと判断したのだろうか。 早く上野樹里をはじめとした三姉妹(宮沢りえ、水川あさみ)の顔をそろえたいという思惑は理解できる。 でも、いくらなんでも無茶ではないか。 それが田渕流というもので、それに則った演出だとすればちょっとガッカリだ。 せっかく芦田愛菜ちゃんだって出演していたのだ。 茶々の幼少の頃の役だったけど…。 「天地人」では加藤清史郎くんを大スターにした実績もあるではないか。 愛菜ちゃんに江の幼い頃を演じて欲しかったと思う人も少なくはないと思う。 とはいえ、出演陣には大いに期待したいメンバーが揃っている。 豊川悦司の信長はその奇才ぶりと孤独感を見事に浮き彫にして、新しい信長像を作り上げている。 北大路欣也の家康、岸谷五朗の秀吉、大竹しのぶの北政所など、今後実年齢に近くなってきた時を考えると期待が膨らむ。 この先、二匹目の泥鰌ではなく、二番出汁のような味わいを出してくれることを祈りつつ、もう少し付き合って視てみようと思う。

制作陣がダメにした秀作

番組づくりで、ほんの小さなこだわりの欠如が全体に悪影響を与えるということは良くあることだ。 私もそうした苦い経験が何度もある。 あるときはOAまで気がつかなかったり、またあるときは分かっていながら妥協してしまったことだったり。 そんな時は立ち直れないほど自分に失望した。 他のスタッフ、出演者、視聴者に申し訳ないと思ったものだ。 もちろん100%満足、というようなものが作れたという思いはない。 しかし、小さな綻びが番組全体をダメにするということはまた別のレベルのことだった。 最近、そうした番組に出会い、憤りを感じることが多い。 12月17日フジテレビの「目線」はそうした番組の一つだった。 この仲間由紀恵主演のサスペンスドラマは、演出チームの稚拙さ、こだわりのなさが全てをぶち壊しにしてしまっていた。 仲間由紀恵が演じる主人公は、子供の時のケガが原因で車椅子を使用している。 それはこのドラマで大きな意味を持っている。 反面、ストーリーづくりではそのことが大きな制約になる。 ところが、脚本はそうした制約などお構いなしにストーリーを作り、演出は無神経に映像にしていた。 「そんなバカな~」と声をあげたくなるようなシーン、カットが繰り返されるお粗末。 まったく工夫のないシーン設定は、本来描くべき登場人物たちの関係や葛藤を見せる時間を切り捨てさせた。 なにより、仲間由紀恵の内面まで描き出した好演も、最後の謎解きの見事さも、全て台無しにした。 それだけではない。 そうしたところが気に障ると、いらぬところまでも気になる。 必要以上のアップでは女優のメイクの粗を浮き立たせ、中途半端な引き絵ではセレブの家とは思えない安っぽさが見えてしまう。 そうして駄作への道をまっしぐらに走ることになった。 きっとこの原作は秀作といえるレベルのものだったのだろう。 結末がそれを物語っている。 この制作者たちは何度でもこの作品を視て、猛省するべきだ。

「龍馬伝」がようやく終わった

NHKの大河ドラマ「龍馬伝」が11月28日に終わった。 プログレッシブカメラを使用した斬新な演出を掲げていたが、まったく期待外れの作品だった。 終わって、正直ホッとしている。 歴史ブームの中で最も人気のある坂本龍馬が主人公。 それを演じるのが福山雅治。 事前や放送中のPRもクドイほどやった割に、視聴率は上がらなかった。 その原因はテレビ的でない作品だったからといわざるを得ない。 第一は、チーフ演出の大友啓史お気に入り(?)のプログレッシブカメラの使用がその効果を出しているとは思えない。 例えば、屋外シーンでの埃っぽさが必要以上に際立ってしまっていた。 埃っぽさは、特に第一部の土佐時代に関してはネライだったはずだ。 それがプログレッシブカメラの映像は必要以上に砂埃を際立たせ、視ていて煩わしくなってくる。 それ以外のシーン、カットでもプログレッシブらしい映像の美しさを感じさせるものは皆無だった。 第二は、ハンディーによるクローズアップの多用。 従来のアングルにはない、それこそ斬新なアングルからのアップは緊張感を主張しすぎて押し付けがましい。 時にイマジナリーラインを越えそうにさえなる。 だから二人の空間的、精神的位置関係は見えなくなる。 以前にも指摘したが、最近のドラマではハンディーカメラでのアップが多用される。 微妙に手ブレする画面は配役の気持ちの揺れを表現する場合もあるが、その多くはできの悪い心理描写に陥る。 それを多用すれば、まったく意味も伝わらず、息苦しいだけの映像となる。 今まで私が感動したハンディーのアップは『篤姫』の初夜のシーンのワンカットだ。 そのワンカットを際出させたのは、そこまでのしっかりした絵づくりがあったからというのを忘れてはならない。 第三は、大声で怒鳴るばかりで騒がしい演出。 特に亀山社中結成以後は、番組中ほとんどずっと全員が怒鳴りあっている感じ。 若者たちが新しい時代に漕ぎ出す熱意を表したかったのだろう。 だが、いくらなんでも何かというと大声で怒鳴り続けているというのはどうなのだろう。 演出的にもっと描き方のバリエーションはなかったのだろうか。 放送を重ねるにつれ出演者の演技は過剰になり、逆に緊迫感を失ってしまう。 例えば、後藤象二郎を引き込むシーンや紀州藩に賠償金を請...

良い作品だから欲も出る

早いものでBSデジタルが開局して10周年になるそうだ。 BS日テレの開局セレモニーの演出をしてからもうそんなになるかと感慨を受ける。 これから各局でスペシャル番組が編成されることだろう。 その一つでBS朝日の「 刑事定年 」を視た。 柴田恭兵が退職した元敏腕刑事を演じるホームドラマだ。 けっして退職した刑事が事件を解決するという刑事ドラマではない。 再就職はせず、妻との平穏な生活を目指す主人公。 しかし、妻(浅田美代子)は夫ぬきの自分なりの生活を楽しんでいる。 在職中は現場一筋で家庭を顧みなかった夫との生活の中で、自分なりの楽しみを見出していたのだ。 結局ひとりで留守番をする羽目になった主人公の家にはいろいろな来客がある。 元同僚の現役刑事や、昔面倒を見たヤクザの親分…。 第一回はかたせ梨乃扮する「夫を殺したと自白する女」がやってくる。 急に居間が「取調室」となってしまう。 脚本の鎌田敏夫はほのぼのと主人公の周りに起こる諸々を描き出す。 いろいろとクセのある人々も見事に捌いてみせる。 夫なしの生活を当然のこととして自分の生活を築いていた妻だが、実はしっかりと夫の本質をつかんでいるのを見せるあたりはさすがだ。 好調なスタートを切ったといえるだろう。 ただ、大げさに開局10周年!と謳うような大型番組ではないだけに、もう一つこだわりがあっても良いような気がした。 第一回に関する限り、舞台は主人公の家だ。 さして大きい家ではない。 それを説明するためもあってか、この家のあちらこちらが見せられる。 これがこの番組のチープさ(制作費の少なさ)を露呈しているようにしか思えない。 いっそのこと、玄関から居間までの空間だけのワンシーンドラマにしたらどうだったか。 昔あった「ルーシーショー」や「奥様は魔女」のような設定。 その辺までの思い切りがあっても良かったように思える。 軽快なストーリー展開に、芸達者なキャストが出演するだけにそんな思いが強い。 欲をいえば、第一回は生放送で…というような思いも広がる。 それほど、心ほのぼのとさせる小品ながらもキラリと光るドラマだった。

ちょっとガッカリ紅蓮次郎

ANBの土曜ワイド劇場で「 火炎調査官・紅蓮次郎スペシャル 」が放送された。 サスペンスの帝王船越英一郎が主演するシリーズの第10弾だ。 火災調査官が火事に隠された殺人事件を、その焼け跡に残された痕跡から解決する。 「科捜研の女」と同様、科学的な分析と検証から導き出される殺しのトリック。 それを見破る実験が、予想を裏切る犯人を導き出す。 ストーリーとはあまり関係のない紅蓮次郎の生活環境の描き方も、元夢の遊民社の山下容莉枝さんが達者な演技で手を抜いていない。 というわけで、船越英一郎さんの演技の臭さに目をつぶって楽しみにしていた。 ところが、2月13日の回はそうした私の思いを見事に裏切ってくれた。 この回は消火の最前線に立つ筒先が志望の西島桜という女性が出てくる。 もちろん、彼女のそうした思い入れの背景には理由がある。 だが、まったく火災調査にやる気を見せないこの女性像の描き方が、なんとも稚拙。 目指す筒先をになるために焦る姿も目を覆いたくなるほど。 中でも桜が元の部署の上司から「女を捨てろ」といわれたのを思い出し、男の隊員が入っているシャワーに入ってゆくなんて…トホホ。 視ていて恥ずかしくなるほどどうしようもない台詞と演技だった。 これがメインの殺人事件とは直接関係のないサイドストーリーだから、邪魔以外の何者でもない。 こんなものがあるため、ストーリーに集中できなかった。 それ以外の部分はいつもの通りのできばえだっただけに、もったいないとしか思えなかった。 シリーズを重ねると、どうしても作り手の側がマンネリ感を持ってしまう。 そこでテーマを引き立たせるためにいろいろと試みることはある。 今回の場合、「灰の中に真実がある」という火災調査官の仕事を際立たせるための選択だったのだろう。 それが上手く描き出せなかったという結果に終わったということだ。 このドラマのファンとしては、もっと作品のおもしろさの原点である科学的立証というところに力を注いで欲しかった。 前回の作品は、そうした面から見て良いできだった。 中澤裕子さんはもっと上手い役者だという感じがしたが、床嶋佳子さん、渡辺典子さんは見ごたえのある演技を見せてくれた。 それだけに余計残念な思いが強くなる。 次回はマニアも納得させる内容で楽しませてくれることを祈り...

時代劇の魅力を再確認

2月6日CXで「 剣客商売スペシャル~道場破り~ 」が放送された。 「剣客商売」はこれまで1時間わくだったが、今回はその2時間スペシャル。 池波正太郎の原作に金子成人が脚本を担当。 池波作品の持ち味である江戸の町の情緒や人情を見事に描きこんでいた。 切なくも心温まる親子愛がストーリーの柱で、金子脚本は登場人物の心の襞までしっかり描きこんでいた。 とても見ごたえのある作品だった。 番組サイトでは『痛快娯楽時代劇シリーズ待望の新作登場!』と謳っている。 しかし今回の作品には『痛快娯楽』という表現は当たらない。 もちろん立ち回りもあるし、勧善懲悪の物語なのだが、だからといって普通のチャンバラと一緒には括れない。 今回は中村梅雀がゲストで、剣一筋に生きた男、鷲巣見平助を演じていた。 平助は、愛する家族を捨てて剣客として全国を行脚した挙句江戸に戻ってくる。 しかし、愛妻は既にこの世にはなく、残された娘は病に冒された大工と貧しい生活に追われている。 そこに悪徳医者や薬問屋などがからんでくる。 『水戸黄門』なら風車の弥七が窮状を助けて助さん格さんの出番となり、 『必殺シリーズ』ならこの夫婦は殺されて、恨みを晴らすことを仕置き人に託す、 となるのだが、この作品ではあっさり町方の役人が踏み込んで悪人を御用にしてしまう。 悲劇はもっと別のところに用意されていたのだ。 中村梅雀さんはその容姿から滲み出すあたたかさをベースに、子を思う優しさと、剣に一途な無邪気ささえも見事に表現していた。 道場破りの立ち回りでは剣豪としての厳しい表情も見せていた。 主演の藤田まことさんはさすがに御年のせいか、立ち回りは最後のシーンだけだったが、老域に入った剣の達人の風格を見事に醸し出していた。 鷲巣見平助の身の上話を聞くシーンでは画面全体から緊張感さえも漂ってきた。 地味なシーンだが見ごたえがあった。 藤田まことさんの息子を演じる山口馬木也さんも剣客としての立ち居振る舞いが板についていた。 それ以上に、息子の妻を演じた寺島しのぶさんの演技が出色だった。 鷲巣見平助との立会いに臨む夫を送り出すシーンでは、背中越しのカットに短いせりふなのだが、剣客を支える妻の気丈振りがその背中からにじみ出ていた。 今こうした賢妻を演じさせたら右に出る人はいないのでは...

時代遅れの刑事ドラマ

今は昔。 TBSに「ザ・ガードマン」というドラマがあった。 一般社会で警備会社がスタートした頃のことだ。 警察官と見まごうアクションで、毎週次々と犯人を捕まえていた。 そのボス役が宇津井健さんだ。 陣頭に立って指揮に当たり、凶悪犯人に立ち向かっていた。 まだ幼い頃の番組だったので細かいストーリーまでは覚えていない。 けれど、登場人物がスタイリッシュで(1名を除く)、痛快アクションが売りの娯楽番組だったという記憶がある。 人情味はあるけれど、それが売り物ではない。 もちろん、犯人や被害者の裏にある人間ドラマや、密室殺人の謎解きといった楽しみとは別のジャンルのものだった。 ただ、警備会社という新しい業種と、そこで働く警察官とは違ったスマートなガードマンによって「時代」を切り取っていた。 そしてこの後、「キーハンター」や「Gメン75」へと進化してゆく。 そんな大昔の番組を思い出させる番組がある。 TBSの「 ハンチョウ~神南署安積班~シリーズ2 」だ。 主人公の安積班長(佐々木蔵之介)はまさに宇津井健さんのリーダーと同様、陣頭指揮を執りながら事件を解決する。 ただ、内容はとても褒められた出来ではない。 いまどき使い古された設定。 ステレオタイプ化され、見飽きた登場人物。 そのキャラクターに新鮮味はない。 神南署ということで渋谷を管轄する所轄の警察署が舞台だ。 だが、若者の街という側面も、大都会という舞台で勃発した事件というような関連性はない。 舞台が渋谷である意味はまったく感じられない。 クサイ台詞と、まるでご都合主義のように次々と事実が割り出され、犯人像が明るみになってゆくストーリー展開。 出演者たちの演技も低レベルだ。 番組サイトでは『感動できるヒューマンドラマ』や『より刑事ドラマらしさ』、『幅広い層が楽しめるドラマ』といった言葉が並ぶ。 だが、そうしたねらいが生かされているとは思えない。 どこをとってもなぜこんな番組がゴールデンタイムに放送されるか理解できない。 これがシリーズ2作目ということだから恐れ入る。 すべてがどうしようもなくパターン化するのなら、せめて主人公たちだけでももっとスタイリッシュで格好良く描いて欲しい。 そこで思い出したのが「ザ・ガードマン」の宇津井健さんだったわけだ。 月曜夜8時のパナソニック ドラマシアターということで「水戸黄門」の交替枠だか...

コードブルーが始まった

1月11日CXの月9で「 コードブルー Season2 」がスタートした。 2008年夏に放送された、救命救急センターを舞台にした若きフライトドクター候補生たちの成長と葛藤を描いた青春ドラマ。 その続編がなんとあの月9での放送だ。 今回のシリーズも、研修終了を目前に控えた医師としての将来性と、秒単位の緊迫した現場の狭間で葛藤する若者たちの姿がストレートに描き出されている。 以前にも取り上げたことがあったが、私はこのドラマを高く評価している。 フジテレビには「 救命病棟24時 」というドラマがある。 江口洋介、松嶋菜々子主演で高い視聴率を記録した作品だ。 CXはこれらの救急医療ものの作りが本当にうまいと思う。 いずれも、救命救急センターの緊迫感をテンポのよい台詞とカット割りで見せてくれる。 登場人物のキャラクター付けも明確だ。 担ぎこまれる患者や家族の設定がまたよい。 そして、林宏司脚本は巧妙に、周到に視聴者の琴線をくすぐる言葉を用意している。 笑いと涙と緊迫感のバランスが気持ちよく、そこから生み出される感動が我々をひきつける。 もちろん、全てに完璧なドラマというわけではない。 例えば主役となっている5人の出演者。 はっきりいって演技はお世辞にもうまいとはいえない。 もっとうまい若手の俳優たちはいることだろう。 ただ、私は違う視点からこれを見ている。 出演者たちの年齢は配役のそれより多分若い。 フェロードクターというポジションは、きっとインターンを経ているのだろうから、若くても25~6歳という設定と考えるのが妥当だろう。 今回のシリーズではフェロー3年目という設定だから本当ならば30歳近いはずだ。 それが、新垣結衣や戸田恵梨香は現在21歳。 Season1のときは19歳だ。 山下智久にしても現在24歳。 こうした点から見て、彼らの演技的未熟さは、研修医という立場の登場人物の投影だ。 そこには成長してゆく一人ひとりの人間のドキュメンタリーがある。 厳しい現場で研鑽を積み成長してゆく過程を俳優自身が体現しているのだという見方もできる。 それだから視聴者は演技を超えたところで彼らに共感するできる。 大の大人が爽やかな感動の涙を流せる秀作となっているのだ。 新しいスタイルの青春ドラマとして多いに期待しながら、彼らの成長を気持ちよい涙と共に見守ってゆきたい。

新感覚を謳うレプリカ番組

テレビ各局とも秋の編成がスタートした。 ただ、今のところ新番組でこれは!と注目するようなものは見当たらない。 そんな中で、ちょっと気になる動きが違う局で編成されている。 一つはNHKの「 ママさんバレーでつかまえて 」。 もう一つはCXの「 東京DOGS 」だ。 前者はワンシーンの公開コメディー。 後者は小栗旬と水嶋ヒロのイケメン俳優が主演している刑事ドラマだ。 この二つの番組に共通するのは、表題にも掲げたレプリカ番組ということだ。 「ママさん~」は『さまざまなトラブルがコミカルに展開していくライトでポップな舞台仕立ての新感覚コメディー』(番組サイトより)と謳っている。 だが、こうした観覧客を前にノンストップで収録するスタイルは、もうテレビ発生の頃に既に視た経験がある。 例えば、「ルーシーショー」や「奥様は魔女」などがそれで、子供の頃とても楽しみにしていたアメリカのテレビ番組だ。 だから私にとって、ワンシーンのコメディードラマという設定に新鮮味はない。 「東京DOGS」もイケメンコンビのコミカルなやり取りは舘ひろしと柴田恭兵の「あぶない刑事」を髣髴とさせる。 二人の刑事の活躍するドラマとしては1979年~1981年に放送された「噂の刑事トミーとマツ」にその基を辿ることができるだろう。 そしてこうした番組は、アメリカの刑事ドラマ『刑事スタスキー&ハッチ』や『特捜刑事マイアミバイス』に大きな影響を受けているということを忘れることはできない。 二番煎じ、三番煎じだから悪いといっているわけではない。 前作以上のクォリティーで見せてくれれば文句はない。 だが、残念ながらいずれもそのレベルには達していない。 「ママさん~」では出演者全員に細かいキャラクター設定がされているようだ。 しかし、今までのところそれらが生かされているとは思えない。 舞台感覚のライブということで出演者のドタバタコメディーの面ばかりが前に出る。 演技にしても、台詞回しにしてもテンポが一定なのだ。 「ルーシーショー」のビビアンのような存在感を持った出演者は今のところいない。 黒木瞳は今までにないコメディーということで熱演しているが、全員が同じテンションで熱演するからただ喧しいだけのコメディーになっている。 もう少し台詞回しなどにメリハリがあってもよいのではないか。 「東京DOGS」は『人間くさい刑事2...

絶叫がぶち壊す作品の空気

TBSの2時間スペシャルドラマ「 母の贈物 」を視た。 向田邦子さんの生誕80年を記念して企画された番組だという。 原作は故向田邦子さん、プロデューサーは石井ふく子さん、演出は鴨下信一さん。 いずれもテレビドラマの世界で大きな金字塔を築き上げた人達だ。 向田邦子さんは独特の人間模様を描き出す脚本家として高い評価を得ている。 しかし、私にとっては、若い頃楽しんでいた「時間ですよ」や「寺内貫太郎一家」の脚本を書いた人。 強い印象があるのは、NHKで「阿修羅のごとく」という作品くらいで、今のような評価を受けるほどの人だとは思わなかった。 鴨下氏は、「岸辺のアルバム」や「ふぞろいの林檎たち」を演出したことで知られるが、いずれもそれ程好きなドラマではなかった。 石井ふく子さんはいわゆるホームドラマというスタイルを作り上げた人。 数々のヒット作を世に出したのと同時に、多くの脚本家を育て上げた。 確かに実績のある先輩達ではあるが、個人的にはさほど影響を受けたというわけではない。 「母の贈物」は「阿修羅…」に近いタイプのドラマで、向田邦子独特の人間模様が繰り広げられていた。 家族とは…、親子とは…と問い直してくるのも末期の向田作品に通じるテーマだ。 スペシャルというには、華のある出演者が出ているわけではない。 それよりも難しい背景を持った人物像を演じきれる人を選んだのはさすが石井プロデュース。 若い2人はともかく、竹下景子さん、石坂浩二さん、萬田久子さんもしっかりした役作りでそれに応えていた。 演出も、いまのドラマの作りとは一線を画すものだった。 たとえば、主な舞台を引越しが終わった娘のアパートと、結婚相手の家にしていた。 多分、番組の70%以上はこの2箇所だったのではないだろうか。 こうした変化のない場面設定でも閉塞感を感じさせないところ。 それに、突拍子もないことが起こったにもかかわらず、淡々と、しかしメリハリの利いたストーリーを展開ていたところに、この作品の質の高さを感じさせた。 これは演出と脚本の綿密に編上げたプランの勝利だといえると思う。 ただ、終盤に入り、母から長い間恋人がいたことを知った息子が絶叫するシーンでそれまでの空気をぶち壊した。 「ワ~ァッ!!!」という絶叫はテレビというメディアに相応しい表現だとは思えない。 それが舞台や、映画と違うメディアとしての特性のひと...

熱演が作り出す疎外感

秋のスペシャル番組が編成される時期が来た。 どれをとってもあまり面白いとはいえない番組が編成されている。 もうこんなスペシャル枠の編成期間はなくしてもよいのではないか、と思ってしまうほど興味をそそる番組が少ない。 そんな中、ちょっと気になるドラマがあった。 テレビ朝日の「 だましゑ歌麿 」だ。 このドラマの原作は高橋克彦氏の同名小説。 歌麿は謎のベールに包まれた絵師で、その分作り手の側がいくらでも創作することができる。 どんな風に歌麿を創るのかと興味を惹かれた。 ストーリーは、愛妻を殺された歌麿が、その犯人を突き止め復讐を遂げるまでを描くサスペンス。 敵を討ち取るまで、歌麿が準備した用意周到な計画を『だましゑ』だとしている。 主人公の喜多川歌麿を水谷豊さんが演じた。 結論は、残念ながら食い足りない作品だった。 サスペンスというにはあまりに薄いつくりだったし、歌麿という人物像が描ききれていたとも思えない。 彼を取り巻く人々の描きこみも希薄だ。 松平定信が推し進めた寛政の改革が巨悪のような設定だが、そうした時代背景の描き方も不明瞭だった。 唯一、捜査にあたる同心(中村橋之助)の母(市原悦子=さすがの存在感)の台詞の端々にちりばめられているに過ぎない。 映像についても、特に歌麿にアップが多用されていたが、それも理解に苦しむ。 叫び声をあげる歌麿のアップは、ホラーと勘違いしそうなサイズで、ハッキリいって気持ちがいいものではなかった。 全体的に詰まったサイズの映像は作品の価値を下げる以外に効果はなかった。 何より水谷豊の時代劇というのが、まだ体に馴染んでいない。 立ち姿や、所作に美学がないし、殺陣にしても格好良くない。 役作りに対しても疑問が湧く。 「相棒」で作り上げた沈着冷静な杉下右京と一線を画したかったのだろう。 この歌麿は悲嘆にくれる感情を露にする。 水谷の熱演といえばそうなのだろう。 だが、私にはこれがどうにも邪魔で、過剰な演技にしか見えなかった。 役者さんは、演ずる際に細かくその人物に対するイメージを作り上げる。 撮影現場でも、監督に役作りについて提案してくることも珍しいことではない。 台詞や脚本についても注文がつくことがよくあるという。 この作品でも、水谷豊の演技プランが色濃く反映していたのではないか。 だが、ある意味役者エゴが、または主役に対する制作や演出の心遣...

4~6月の番組をザッとレビュー
ドラマ篇

4月以来ジックリとテレビに向き合うことがなかったため、暫く休眠状態にしていた。 ちゃんと視てもいないのに、批評めいたことを書くことが僭越なことと思ったからだ。 ただ、何もしないというのもどこか寂しい気がする。 ということで、6月も終わろうとしているところで、4月からの1クールをトータル的に振り返ることにした。 今日はちょっと心惹かれたドラマについて。 CXの「 BOSS 」は映像処理と天海祐希さんの魅力で存在感を持った番組だった。 個人的には戸田恵梨香さんと吉瀬美智子さん目当てでチャンネルを合わせた。 スタート当初は明らかに「24」に影響を受けた映像に対してストーリーに物足りなさを感じていた。 キャストの顔ぶれや、そのキャラクター付けがいかにも《狙いました》という感じであることもその要因だったろう。 ストーリー展開のテンポも空回りしているような感があった。 ところが、6話で志田未来さんが演じる高校生が犯人となった回でこの番組の目指すところがハッキリしたようだ。 卓越した能力で捜査陣の大人たちを手玉に取る女子高生を演じた志田未来さん。 その天才的な演技力を引き出したストーリーはこのシリーズの中でも高いレベルにあったに違いない。 天海祐希さんと志田未来さんのやりとりは、二人の歳の差を感じさせない白熱した空気を画面から発散していた。 きっとこの作品で作り手側が狙っていたのは、こうした心理戦だったと思う。 そこには林宏司脚本の煌きがあった。 彼の作品で記憶に残るのは、同じCXの「コードブルー」だ。 この作品では若い救命救急医の心の葛藤=静と、ヘリで出動し災害現場で働く動の切替を巧みに編上げられていた。 そしてちょっとした笑いを誘う部分も隠し味として効いていた。 それこそが林宏司さん脚本の世界ということなのだろう。 このドラマが目指したのは、映像処理と同様に「24」が作り上げたような緊迫の心理戦の時間だったのだろう。 ただ、緊迫した容疑者と主人公の捜査に対して、レギュラー陣の日常やキャラクターづけなどにくどさを感じた。 とはいうものの、最近もう食傷気味になっているテレビ朝日的サスペンスとは違う新しい刑事ドラマを作り上げたのは、高く評価したい。 そのテレビ朝日の2本のドラマにも注目したが、残念ながら健闘どまりの作品だった。 それは「 臨場 」と「 夜光の階段 」だ。 「臨場」...

低調の度を増す新ドラマ

このところ仕事の関係からテレビを見る機会が極端に減っている。 とはいうものの、テレビが点いている時間は他の人より長いに違いない。 そんな中、今日22日の夜は久々にテレビドラマを視た。 そして、残念ながらガッカリした。 夜9時からはテレビ朝日の「 臨場 」。 主演は内野聖陽さんで、倉石義男という鑑識課の検視官を演じている。 他人の見立てに対して「俺のとは違うな」が口癖で、上司にも平気で盾を突く。 その設定にまずガッカリ。 役作りに厳しいといわれる内野さんに主演してもらうためとはいえ、設定自体に首をかしげるようではドラマの世界に入り込むこともできない。 大体、上司や捜査一課の刑事達にも楯を突くというのはどうなんだろう。 せめて、沢口靖子さんの「科捜研の女」のような独自のこだわりを持った検視官という設定でドラマにできなかっただろうか。 それに、検視官とか鑑識課という設定にももう飽きてきた。 検死については以前高く評価したCXの「VOICE」があっただけに、もうできったという感は否めない。 また、内野聖陽さんの演技も前作の「 ゴンゾウ~伝説の刑事~ 」の黒木とあまり変化がない。 彼ほどの役者であれば、もっとオリジナリティーのある役柄を要求しても不思議ではないと思うし、その分新たな役作りにもチャレンジして欲しいと思う。 続いて、日本テレビの「 アイシテル 」を視た。 今注目している稲森いづみさん主演のドラマだ。 5年生の少年が子供を殺害したというショッキングな事件を通して、加害者と被害者の家族を描いてゆくという。 番組サイトによると、ヒューマンドラマで、家族の愛の物語だそうだ。 そして見た人に家族のあり方や子供との向き合い方を考えてほしいという。 ところが、ショッキングなテーマと設定を捉えたにもかかわらず、描き方は平板。 ストーリー展開にしても、予想を裏切ることなく進む。 そして、それぞれの出演者の演技も単調で“いかにも”というありきたりなものだった。 第2話までのところでは、君塚良一監督作品の映画「 誰も守ってくれない 」が描いてみせたほどの緊迫感もなく、リアリティーもない。 社会の矛盾という面にも切り込めていない。 二番煎じといわれても、「誰も守ってくれない」が見せてくれたドキュメンタリータッチの映像化という手法をとっても良かったのではないか。 その中でテレビ的な表現を見...