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伝統が息づく時代劇に期待


1月5日にテレビ東京の「幻十郎必殺剣」を視た。
北大路欣也さんの、久々に時代劇の王道を行く作品だ。
死んだことになっている元南町奉行所の同心が、正義を貫き悪と戦うというストーリーだ。
その主人公の「死神幻十郎」を北大路欣也さんが演じている。

番組サイトでは本格痛快娯楽時代劇と謳っているが、どうもそれには肯けない。
死神幻十郎の活躍はけっして痛快ではないし、一概に娯楽作品ともいいかねる。
主人公は死神と自称しているくらいだから、黄門様や遠山の金さんのようにバリバリ問題を解決させてゆくわけではない。
松平定信の密命を帯びて悪を退治する過程は終始暗く、重い空気の中で展開される。
番組を通して、主人公幻十は終始寡黙だ。
それはちょうど、同じ北大路欣也さんの演じた『子連れ狼』の拝一刀に通じる。

しかし、番組終盤の立ち回りでバッサバッサと悪人を斬って捨てるところはさすが!と唸らされる。
役者として生まれ育った、時代劇全盛時代の東映が作り上げた、流れるような、それでいて迫力ある立ち回りだ。
それに、父であり、御大と呼ばれた市川歌右衛門譲りの血もあるのだろうか。
本当に刀が切れそうである。
昨日今日時代劇に出演する俳優とは一味も二味も違う。
刀を振るう一挙手一投足に、そして悪役を斬るときの呼吸までにも北大路欣也ならではの美学があった。
それは、以前幻滅した田村正和さんの「忠臣蔵 音無しの剣」とは大違いだった。
「篤姫」の勝海舟役を除いて現代劇での活躍が目立つ感がある北大路さんの本領が発揮された番組だ。
ただ出演者たちの設定が主人公同様難しいので、そのあたりがうまく描けるかどうかが心配ではある。
そんな中で、幻十郎に夫を斬られた志乃を演じる戸田奈穂さんが、綺麗なだけでなく、深みのある演技で魅了してくれている。
どうやらこの番組の成否は脚本や演出の仕事具合にかかっているようだ。
ともかく毎週月曜日の夜7時、ネプリーグを視るのはしばらくお休みすることになりそうだ。

一方、テレビ朝日の「必殺仕事人2009」も捨てがたい魅力がある番組だ。
もう設定やら、最後の仕事のシーンでの奇抜な殺人方法はどうでもよいが、東山紀之さんと和久井映見さんに注目したい。
中村主水がもうご高齢で先がないためバトンタッチのシリーズということになるのだろうか。
婿養子で、姑と妻に虐げられるところから、奉行所でなるべく仕事をしないというのも同じ設定だ。
それはともあれ、あのクールなヒガシが時代劇で、なおかつコミカルな演技にチャレンジしている。
スペシャルを見た限り、無難にこなしているという感じ。
ただ、立ち回りのシーンで役者としてのポテンシャルの高さは十分に感じさせてくれた。
私が大好きな和久井映見さんも同様。
まだこれといった存在感は主張されていないが、仕事人となった時のきりっとした美しさは見とれる価値がある。
二人ともレギュラー枠に入ってからも期待が持てそうだ。

この番組で一つ気になることといえば、仕事のシーンの映像があまりおもしろくないところだ。
前宣伝の意味もあって、仕掛人梅安や初期の仕事人シリーズなどを放送していたが、これと比べると見劣りする。
映像美として、もっとこだわりを持って見せて欲しいと思ったのは私だけではないだろう。

いずれも、演出面に課題があるとはいうものの、1週のうちで2本の時代劇が鎬を削ってくれるのは、見る側は大歓迎だ。

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