少し前に上田義彦氏のCMに疑問を投げかけた。
そこでCMを意識的に視ていると、いろいろと細かいところが気になってくる。
その一つの傾向が大人気のSoft BankのCMだ。
好評の要因は父親役の犬にあることは間違いない。
なんといっても、北大路欣也さんの吹き替えが素晴らしい。
バンバン更新されるどの作品においても、短い言葉の中に父の威厳を表現し、ありえない設定を見る人たちに感じさせない力をもっている。
大俳優を起用しただけの効果が十分に発揮されているということだろう。
こうした効果的な作品が好評だと同じようなものが次々制作されるのはCMの常だ。
これは前回にも書いた。
案の定、最近有名俳優がナレーションをしているCMが目立ってきた。
北大路欣也さんの吹き替えが作り出した一つの流れといえるだろう。
柳葉敏郎さんなど、普通なら画面に出てきても十分訴求力をもった、ビッグネームといわれるレベルの俳優さんたちだ。
それぞれが一般的なCMよりも深みを作り出していて、作品として高い完成度を感じさせてくれる。
映像も商品一点張りというより詩情あふれるものが多く、落ち着いたナレーションと調和して私たちの心に残る作品となっているものが多い。
ただ、CMとして考えた時それでよいのだろうかという思いが頭をもたげる。
「CMは後の世に名作だと評価されても意味がない。今、そのCMで物が売れるかどうかが大切だ。」
Soft BankのCMを作った電通のクリエーターが朝日新聞に語った言葉だ。
この点にSoft BankのCMとその後の秀作CMとの差があるように思えてならない。
単に商品名を連呼したり、押し付けがましいイメージばかりのCMはごめんだ。
一日に何度も見せられるCMだから、少しでも良い作品を視たいと思うのは私だけではないだろう。
でも、CMのクリエーターたちはそんなところでは勝負していない。
私はCMのディレクション経験はそれ程多くはないが、テレビの番組の演出に比べてCMのクリエーターという仕事の厳しさを実感させられた。
まあそうはいっても、どうせなら質の高いCMというのは視ていて気持ちが良い。
誰だって、Greeの歌より、サントリーの石川さゆりさんが歌うブルースの方が心地よいはずだ。
質も、実績もというのは厳しい要求かもしれないが、全体のレベルアップを期待してしまうのは私だけではないと思うのだが。
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