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丸くなった「疑惑」


テレビ朝日が開局50周年に合わせ、50時間テレビと銘打ってスペシャル番組を編成している。
ただ、内容は人気番組のスペシャル版というもので、日本テレビの24時間テレビのような統一したコンセプトのものではないようだ。
特に興味を惹かれるような番組ではないので今のところ全く視ていない。
こういう編成企画というのはどうなのだろう。
せっかくの周年記念、もうちょっと力を入れて欲しいと期待するのは私だけだろうか。

その50時間テレビに先立って、50周年を記念したドラマが放送された。
松本清張の「疑惑」だ。
田村正和さんと沢口靖子さん、室井滋さんの主演。
脚本はこの原作を何度も作品化している竹山洋さん。
野村芳太郎監督の映画「疑惑」でも脚本を書いていた。

映画では佐原弁護士を岩下志麻さん、被告の球磨子を桃井かおりさんが演じていて、二人の火花を散らせるような緊張感あふれるやり取りがとても印象的な作品だった。
「砂の器」をはじめ松本清張の小説を数多く演出している野村芳太郎監督の作品の中でも高い評価を得た作品だったはずだ。

そんな感覚が残っていたせいか、テレビ版の「疑惑」はちょっと物足りないできだった。
田村正和さんの佐原弁護士からは殺人の謎解きでも鋭さや緻密さは感じられなかったし、この仕事に向き合う背景も希薄だった。
事実を追求する姿も熱血というほどでもなく、正義感あふれるというところも感じられなかった。

沢口靖子さんは大熱演で、今までに視たことがないキツくてズルい性格の被告役を作り上げていた。
ただ、どうしても本当に悪い女には見えない。
どこかにやさしさが出てしまって、色と欲で被害者に近付いていったような悪女にはなりきれていなかった。
やっぱり、映画の桃井かおりさんのイメージが残っていたのだろうか。

室井滋さんの白井球磨子を犯人として書きたてる新聞記者はただうるさいだけ。
キャンペーンを展開したプライドや意地といったものはただ空回りするばかりで、残念ながら感じることはできなかった。

映画版との区別化や田村正和の主演ということのためだろう、竹山脚本もほとんどゼロスタートという感じ。
さすがに球磨子の時により豹変する態度やズルさの描きこみは見事だった。
ただ、謎めいた球磨子の生い立ちや、行動がドラマの厚みを作るほどの効果を作り出しているとはいえなかった。

やはり田村正和という個性あふれる二枚目が主役を演じるドラマというのは、その設定がとても難しいということなのかも知れない。
三谷幸喜さんが刑事コロンボをパクッて作り上げた古畑任三郎のような、思い切った切り口を作り出す必要があるということなのだろう。
ただ、冒険するにしては高い演技力があるというわけではないので、制作する方もたいへんだ。

この番組を視ながら、これが三浦友和さんと池脇千鶴さんだったらどんな作品になるだろう???と雑念さえ感じてしまった。
もうちょっとテレビ的なドラマにしてくれてもよかっただろうにというのが全体の感想だ。

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