私がどうも視る気がしない番組に戦争、それも太平洋戦争にかかわるドラマがある。
今、映画で中居正広さん主演の「わたしは貝になりたい」が上映されている。
大々的にPRしていた割りには評判はいまひとつのようで、動員数も頭打ちの感があるらしい。
そんな折、12月7日にNHKでも同じ時代を題材にしたドラマ「最後の戦犯」が放送された。
どうやらストーリーも、戦争犯罪にかかわった一人の人間を描くという、似ているもののようだった。
当然、視る気がしないジャンルのものなので、フジテレビの「エチカの鏡」を視て胸を熱くした(この番組のことはきっといつか書くようになるだろう)。
私はあの戦争について描かれた全ての作品を視たくないというわけではない。
現に、12月6日にANBで放送された「男装の麗人」は黒木メイサの美しさに魅せられ、一人の女性を翻弄した時代という激流の傲慢さを実感した。
しかし、それが戦争犯罪にかかわることとなるととたんに興味がなくなってしまう。
その理由は、どこにも「救い」がないからだ。
今更、戦争犯罪に対して国家と個人の責任を追及してもどこにも解決の道がないと思っている。
だからこのテーマを掲げた作品はドラマであれ、ドキュメンタリーであれ視る気がしないのだ。
あの戦争によって今も悲劇的な状況におかれている人たちは、こういった作品をどういう気持ちで視るのだろう。
あるいは、やっぱり視る気がしないのだろうか。
わたしの心の中ではそうであってほしいという気持ちが強い。
「わたしは貝になりたい」はテレビが始まってまだ5年ほどしか経っていない昭和33年にTBSで作られた番組だった。
テレビドラマの水準を映画に劣らぬレベルに引き上げたものとして、テレビ史に燦然と輝く金字塔だ。
だが、それは、そしてその内容は昭和33年という時代だから生きたものではなかったのか。
なぜ今なのか…。
これらの作品を見た人はきっと感動し、涙を流したとことと思う。
でもその涙の行く先はどこなのだろう。
そしてそれを視て私たちに何ができるのか。
未だに私には回答が見つからない。
だから、今後もずっと、戦争による国家と個人の責任というテーマを掲げた番組や映画は視ることはないだろうな、きっと。
コメント
コメントを投稿