フジテレビの開局50周年記念番組「風のガーデン」が終わった。
脚本の倉本聰さんの富良野3部作の三作目。
名優緒形拳さんの遺作。
などスタート前から注目を集めていた。
死を目前にした男が絶縁していた家族のもとへ戻っていく物語を通して“生きること・死ぬこと”を描いていく人間ドラマだ。
このドラマの1回目からどこか粗を探してやろうと思いつつ視ていたのだが、残念ながらここで批評めいて書き連ねるようなことを発見することはできなかった。
もちろん、重箱の隅をつつくようにしてゆけばいくつも出てくるのだけれど、それは制作に携わった人のすることだ。
知らず知らずのうちに倉本ワールドに包み込まれてしまっていた。
ただそれだけだと一般視聴者と同じレベルになってしまうので、それは悔しい。
ということで、元プロ(ジャンルは違うけれど)の目から見た感想を披瀝しよう。
この作品の中で私が最も気に入っていたのはエンドタイトルだ。
ビデオという素材で撮ったものとしては出色の美しさを誇る映像。
長い人工物のカットと短い四季を彩る花のカットが作り出す静かなダイナミズム。
そして、平原綾香の静かな中に情熱をこめた歌唱の「ノクターン」とのマッチングもすばらしかった。
それらが、富良野の1年を、そして貞美が還るべきところを十分すぎるほど語っていた。
私がここ数年視た中でBest1のエンドタイトルとして賞賛したい。
それから、この作品が一人の監督で通したことも特筆しなければならないだろう。
一般にはこうした連続ドラマというと2~3人の監督で撮ることが多いのだが、この作品は宮本理江子さん1人で作られている。
だから回毎に演出にブレが出ることがない。
表面上は静かに時が流れるドラマだけに、この点はひじょうに大きい意味がある。
時折カット割りにアレッと思わされる部分はあったものの、倉本脚本と正面から向き合い、十二分に消化していたことが伝わってくる演出だった。
それと、女性ディレクターは往々にして綺麗な女優を取る時に力が抜けることがある。
しかし、宮本監督は黒木メイサをとても大切に美しく撮っていたことも見逃せないところだ。
最終回、平原綾香(氷室茜)が歌う曲をバックに雪の札幌を歩く黒木メイサの美しさは、このドラマの最後を締め括っていた。
出演者たちには役者として大きな葛藤があったことだろと思う。
それは、倉本脚本の感情を抑えた台詞に対して、演技的には熱い思いを伝えなければならないというところにある。
他の一般的なドラマのように大声で叫んでしまえばよいところを倉本脚本はそれをしない。
その最も象徴的なシーンは、元愛人内山妙子(伊藤蘭さん)が貞三(緒形拳さん)と喫茶店で話すシーンだ。
一目あわせてほしいという妙子に対して、それを拒む貞三。
時間が止まったかのようなイメージさえ感じられるのだが、二人の間には元愛人と父親という立場の違いが生み出す火花が感じられる名シーンとなっていた。
それと同様のことは、ルイ(黒木メイサ)が茜(平原綾香)に父の死を告げ、形見としてカンパニュラを渡すシーンにもいえる。
そうした役者につきつけられた全ての課題を、それぞれが見事に乗り越えていたと思う。
その他にも石田えりさん、木内みどりさん、森下千絵さんなど脇を固めた俳優さんたちの自然な演技にも惹きつけられた。
最後に、やはり緒形拳さんだ。
往年の大河ドラマや映画で演じたアクティブな役柄と違い、落ち着いた役柄だ。
確かに体調を考えればそうした役しかできなかったのだろう。
台詞回しも滑舌が悪いところも目だった。
ドラマの中で始めて息子と会ったシーンではどちらが死に瀕しているか分からない程衰弱が感じられた。
しかし、その表情、その目の演技には鬼気迫るものさえ感じられた。
最も際立っていたのは先にも書いた伊藤蘭さんとのシーンだ。
静かな台詞に表情は笑みを浮かべながら、目はしっかりと、第三者が立ち入ることを拒絶する強さがあった。
やはり稀有な名優として長く語り継がれるべき俳優だとあらためて思い知らされた。
もう一度心からご冥福をお祈りします。
われながら、こうして書いていて一つ気がついたことがある。
それは静かなダイナミズムとか感情を抑えた台詞に熱い思いというように反対の意味を対語にしていることが多いということだ。
実は、それこそが倉本さんが訴えたかったことなのではないか。
人生は一つの言葉では表せない。
まして人間の感情は複雑に入り組んでいるものだ。
死の恐怖におののきながら、それを隠して明るく振舞う主人公の貞美の姿こそそれなのだと。
数々の視聴者からの感動のコメントや、放送前の話題性、実際のできばえからすると視聴率的には局側が思っていたほど上がっていないのではないかと思う。
その理由は、良きにつけ悪しきにつけ倉本聰脚本の世界を好きか嫌いかによるのだろう。
今の、分かりやすさとテンポに重きを置いたドラマの世界になれた人には、あまりに抑揚がない展開はまだるっこしくてついてゆけない、というのも理解できなくはない。
例えば、最終回でクライマックスともいえる貞美とルイがバージンロードを歩くシーンは手紙の中のインサートだったし、主人公貞美の亡くなるシーンもなかった。
普通のドラマなら、家族が揃って号泣!というようなところは一切ない。
でも、こうしたドラマの世界もあるのだと理解して視て欲しい作品ではある。
フジテレビの木曜日10時のドラマはしっかりとしたつくりのものが多い。
これからもその路線を受け継いで欲しいと思う。
それにつけても、「人間は最期にどこに還るのだろう(番組サイトより)」
コメント
コメントを投稿